店をきめる
もう1時間30分近く経っただろうか。
時刻は19:00を指す。
17:30の終業のチャイムがなり、まわりは残業しているなか、画面スクロールとキーボードを一心不乱に叩いている若干23才の若造がいる
そう、それは僕だ。
そして、その若造はGoogle先生に「新宿 居酒屋」「新宿 接待」「新宿 宴会」と次から次へと、鬼の形相で検索ワードを打ち込んでいた。
会社のプロジェクトチームの飲み会を2日後に控えた僕は、未だにお店を決めていなかった。
数件に電話したが、満席等でなかなか決まらない。焦る。焦る。汗る。
サラリーマンにとって一番やってはいけないことがある。それは遅刻、先方を怒らせる、電車で痴漢、出張でグリーン車を使用する事を遥かに凌駕するトリプルA級のことだ。
そう、それは
「飲み会当日に飲み屋が決まっていない」
ということだ。
このミスをしてしまったら最後。恐らく周りからの信頼が一気に崩れおち、なす術がない。まるで地球温暖化によって南極の氷が崩れ、その上にいるペンギンのようだ。ペンギンはまだましだ。海におちるだけだ。サラリーマンは違う。周りからのスーパードライよりもキンキンに冷えた目線を常に浴びつつ、金輪際、背筋を伸ばして会社に行く事はできないだろう。
つまり、この「飲み会当日に飲み屋が決まっていない」という事態は、日本が今後、核兵器を持つ事くらい、サラリーマンにとっては避けなければならない自明の理である。
しかし、ただ店を決めれば良いというわけにもいかない。
予算、駅からの距離、ビールは発泡酒NG、あまりガヤガヤしていない、かといってかしこまりすぎてもない、先輩がまだ行ったことない場所、先輩の「日本酒上手いとこがいい」という僕に対する独り言、チェーン店は避ける、肉系は年配の方が胃もたれするから魚系、鍋は季節を選ぶ、お酒の種類が豊富、など複数の因子を考慮しなければならい。
これら数多くの変数が絡み合った高次方程式に対して、最適化なる解を導きだし店を決めるのが僕の使命…いや、全若手サラリーマンにとっての使命である。
そしてもし、この高次方程式に対し導き出した答えが、○民、○の蔵、○笑、鳥○族であった場合、死刑である。圧倒的死刑だ。許されない。
もし、言い訳をするなら「実は僕、東京にくるまで離島にいたから、お店とか知らない」というのが精一杯である。
また仮に、最適解をだしたとしても周りからは当然何も言われず、あたかもこの最適解が当たり前かのように思われる。当然、僕の苦労にたいする労いも一切ない。
僕は思う。
世の中はトレードオフだ。ご飯を食べながら、オナニーをしつつ、モンスト片手に、ブラインドタッチで昼寝をすることはできない。何かを手に入れれば何かは手放す。そして、リターンが大きいものはリスクも大きい。
しかし例外はある。
それは「店を決める」という事だ。
恐らく人間が営む行為のなかで、いや、営んできたなかで、ハイリスクゼロリターンである唯一の行為ではないのか。
我々若手サラリーマンは、この「店を決める」という極めてシンプルかつ最高難度の問に対して、今後も苦戦をしいられるだろう。
しかし、この壁に立ち向かう度に一歩大人へ近づくだろう。
そして、僕は今日大人への階段を一段あがった。
ではでは